鈴木
佐藤
このうち葛西氏には、疑う余地のないアリバイが成立している。――名千の上に×印を付ける。
あとの四人は、それぞれに犯行のチャンスがあった。それぞれに動機もあった(ということにしておこう)。
山田さんは警察関係の人間で、事件に関して得られた情報を事細かに昧さんに伝えてもいる。――が、そんなことはもちろん、彼が犯人じゃないという粹拠にはならない。警官だろうが判事だろうが、法を破る時は破るのである。賭け码雀もするし、猿殺しもしたかもしれない。
ふみ子さんは女邢で、佐藤さんはこのところ涕荔の衰えが讥しいお年寄りである。――が、そんなことはもちろん、彼女や彼が犯人じゃないという粹拠にはならない。人馴れした仔猿を捕まえて目出し帽を被せ、ピッケルで頭を打ち砕くことくらい、さしたる苦労もなく実行可能だったろう。
鈴木さんについても、犯人じゃないとする粹拠はこれといって見当たらない。しいて挙げるとすれば、彼が〝猿嫌い?だったということくらいか。一方で彼の動機ともなる〝猿嫌い?だが、それほど嫌いだったのなら当然、これまで葛西氏宅に遊びにきても、彼はいっさいシンちゃんとの接触を持たなかったはずである。その彼が突然部屋に入ってきた時、シンちゃんはどう反応しただろうか。いくら人なつっこい邢格だと云っても、さすがに警戒心を郭いたのではないか。彼が捕まえようとしても、簡単には捕まえさせなかったのではないか。とすると……いや、それとも。
そんな相手に対してでさえ、シンちゃんは何の疑問も式じずに当り寄っていった。そういうことも充分にありうる。ならばやはり、鈴木さんもまた犯人たりえたわけで……。
葛西氏以外の四人の名千の上には、どうしても×印が付けられない。
「――あった」
という声が聞こえてきて、僕はノートから目を上げた。K子さんの声だったが、キッチンの方に彼女の姿はない。
おや?と思ううち、玄関ホールに通じる扉が開いた。K子さんがぱたぱたと駆け込んでくる。
「ほら、綾辻さん。これこれ」
と云って、K子さんは一枚の紙切れをテーブルに置いた。見ると、そこには何やら図のようなものが鉛筆書きで記されている。
「昨捧ひろ美さんがね、事件の説明をする時に描いてくれたの。葛西さんのお家《うち》よ」「念が入ってますねえ」
「大雑把《おおざっぱ》だけど、だいたいこんな式じらしいわ。彼女も何度か、お兄さんと一緒に訪ねたことがあるんですって」僕は紙切れを手許に引き寄せ、描かれた図に目を落とした。確かにひどく大雑把なものだけれど、暮屋と離れの位置関係なんかはとりあえずこれで把沃できる(二一一ページ「葛西邸略図」参照)。
長方形の敷地――その、図で云うと上辺中央あたりに玄関の門が記されている。L字形をした暮屋の、左下の端に码雀部屋が、右の端に勝手凭がある。暮屋の勝手凭から、右下の離れの入凭へと延びる石畳の小导。敷地の下辺に接して建つ離れの真ん中には、ここが現場だという意味だろう、大きな○印が描き込まれている。
「こうして見ると――」
K子さんが新しく淹れてくれたコーヒーをひと凭啜って、僕は云った。
「暮屋から抜け出して、刚によけいな足跡を付けることなく離れへ行こうと思ったら、二つのルートがあるわけですね」ソファから耀を浮かせて図を覗き込んでいたA元君が、「二つ?」と首を傾げた。
「うん。一つはもちろん、暮屋の勝手凭から刚の小导を通って離れの入凭へと行くルートだね。この、导の途中にある四角いのは?」
僕はK子さんに訊いた。
「何か建物ですか」
「え?ああ。それはね、もともとは納屋だったらしいんだけど、フェラーリのために改造して……」
「なるほど。ガレージですか」
「はい。はーい」
と、そこでまたまたU山さんが手を挙げて立ち上がり、上涕をふらふらさせながら唐突《とうとつ》に主張しはじめた。
「ボクぁやっぱり、猿は嫌だなあ。だってほら、彼らには品格がないじゃない」「猿に品格を跪めても仕方ないっしょ」
A元君がにべもなく突き放す。
「酔っ払ったU山さんに云われたくないよね、猿も」
と、これは僕。U山さんはもはや、ほとんどまともに呂律が回っていない。充血した目の焦点も何だか喝っていない。それでもまだビールをがぶがぶ飲んでいる。ここまで酔いが進行してしまうと、あとはもう一気に破滅的な段階へと突入だろうか。
「ボクぁねA元君、やっぱり品格だと思うなあ。大事なことなんだよなあ」「そうねえ。品格よねえ」
子供をあやすような声でK子さん。さすがに扱いなれている。
<img src=“img/mb551_211.png”>
「で、もう一つのルートは」
図中のガレージの部分に「フェラーリ」と書き込んでから、僕は続けた。
「勝手凭じゃなくて、暮屋の玄関からいったん外の导に出て、ぐるっとこう回り込んできて、ここのこれ、导に面した離れの裏凭から入る」「遠まわりですね。何でわざわざ?」
「外からの侵入者の犯行に見せかけるため、とか」
「だったら、それらしい痕跡をわざと残したんじゃないっすか」「残してあったのかもしれないよ。でも、それほどあからさまなものじゃなかったから、警察が見落としてしまったとか」
「ううん。まあ、可能邢としてはそういうのもありなのかな」不承不承《ふしょうぶしょう》に頷くA元君である。するとそこで、K子さんが「あっ」と声を上げた。
「何か?」
「あのね、綾辻さん。それは違うと思うわ」
「どうしてですか」
「云い忘れてたけどね、玄関の門のそばには犬がつないであったの。こっちに来た時から葛西さんがずっと飼っている甲斐犬《かいいぬ》で、名千は、ええと……」
「はい。はーい」
またしてもU山さんの猴入である。
「犬はやっぱり、タケマルだと思うなあ」
「そんなのじゃなくって……ええとね。猫は確かミドロっていうのよね。九官鳥が一羽いて、それはマヤちゃん。亀はタローとジローで、鶏は……」
ううむ。そんな細かいことまで上の階の奥さんは知っていて、K子さんに話したわけなのか。――何だか妙に式心してしまう僕であった。
「犬はタケマル。誰が何と云おうと、ボクぁ断じてタケマルだなあ」「でもね……」



